
家電量販店にお買い物に行くと、いつの間にか頭の中で何度もリピートしている、おなじみのあのメロディがありますよね。
ヨドバシカメラさんの店内で流れる「まあるい緑の山手線〜♪」という歌は、誰もが一度は口ずさんだことがあるのではないでしょうか。
とても親しみやすくて、一度聴いたら耳から離れなくなってしまいますよね。
でも、あの明るくて楽しい曲のルーツがどこにあるのか、ふと気になったことはありませんか?
実は、あの歌にはとても長い歴史と、意外な背景が隠されているんですね。
この記事を読めば、ヨドバシカメラさんの歌のルーツがすっきりと分かって、次に店舗に行ったときには、きっと誰かに話したくなってしまうかもしれません。
私たちと一緒に、あの不思議な魅力を持つメロディの秘密を探る旅に出かけてみましょう。
あの耳に残るメロディの正体はアメリカの有名な愛国歌
ヨドバシカメラさんの歌の元ネタは、アメリカ民謡であり、愛国歌としても名高い「リパブリック讃歌(The Battle Hymn of the Republic)」というのが最も有力な説とされています。
これって少し意外に感じられるかもしれませんね。
ヨドバシカメラさんの公式X(旧Twitter)でも、「曲は『リパブリック讃歌』」と明言されており、現在ではこれが事実上の公式見解として使われているんですね。
日本では、このメロディは子供のころに歌った「ごんべさんの赤ちゃん」という童謡でも広く知られています。
お友達と一緒に手遊びをしながら歌った記憶がある方も多いのではないでしょうか。
このように、ヨドバシカメラさんの歌は、アメリカの伝統的な音楽と、日本の子供たちに親しまれてきた童謡の両方に深いつながりがあるんですね。
なぜこの曲が選ばれどのようにして作られたのか
では、どうしてこの「リパブリック讃歌」のメロディが、ヨドバシカメラさんのテーマソングとして採用されることになったのでしょうか。
その理由と、曲が誕生した背景について、少し深く掘り下げてみましょう。
創業者の藤沢昭和さんによる温かい歌詞の誕生
ヨドバシカメラさんの歌は、1975年の新宿西口本店の開店に合わせて、テレビCMや店内放送で広く流されるようになりました。
そして驚くべきことに、あの特徴的な歌詞は、創業者の藤沢昭和さんが自ら手がけられたものなのだそうです。
公式の案内でもそのように紹介されており、ファンの間でも有名なお話なんですね。
新宿の街並みや交通網をシンプルに、かつ分かりやすく表現した歌詞には、お客様に迷わずお店に来てほしいという、藤沢昭和さんの温かい思いが込められているのかもしれませんね。
世界中で愛される「リパブリック讃歌」の長い歴史
元ネタとなった「リパブリック讃歌」は、19世紀のアメリカで生まれた非常に歴史のある楽曲です。
さらにそのルーツをたどっていくと、もともとは「Say, Brothers, Will You Meet Us?」という古い賛美歌だったとされています。
そこからさらに、南北戦争の時代に「John Brown's Body(ジョン・ブラウンの亡骸)」という替え歌になり、それが現在の「リパブリック讃歌」へと進化していったと言われているんですね。
賛美歌から始まって、人々に勇気を与える歌となり、そして現代の日本で愛される企業ソングになったと考えると、音楽の旅って本当に不思議でロマンがありますよね。
日本での広まりと「ごんべさんの赤ちゃん」の存在
この美しいメロディが日本に伝わると、私たちはそれを別の形で受け入れることになりました。
それが、先ほどもご紹介した「ごんべさんの赤ちゃん」や、「ともだち讃歌」といったおなじみの歌なんですね。
特に「ごんべさんの赤ちゃんが風邪ひいた〜♪」というフレーズは、私たちの心に深く刻み込まれていますよね。
そのため、多くの日本人にとって、ヨドバシカメラさんの歌を初めて聴いたときにも、「どこかで聴いたことがある、懐かしい曲だな」と、すんなり受け入れることができたのかもしれませんね。
ヨドバシカメラさんの歌をより深く知る3つのエピソード
ここで、ヨドバシカメラさんの歌にまつわる、さらに興味深いエピソードを3つご紹介します。
これを知れば、普段何気なく聴いているあの歌が、もっと愛おしく感じられるようになるかもしれませんね。
1. 地域密着!店舗ごとに異なるご当地歌詞のバリエーション
ヨドバシカメラさんの歌といえば、「まあるい緑の山手線、真ん中通るは中央線〜」という新宿西口本店の歌詞が基本となっています。
しかし、実は日本各地にある店舗ごとに、その地域に合わせたオリジナル歌詞が作られているのをご存じでしょうか。
例えば、大阪の「マルチメディア梅田」さんでは、関西の路線や地名が入った歌詞になっていますし、仙台や札幌、名古屋の店舗でも、地元の交通機関や名所が歌い込まれているんですね。
このように、それぞれの地域のお客さんに寄り添った歌詞を展開しているのも、ヨドバシカメラさんが多くの人に愛される理由の一つなのかもしれませんね。
皆さんの地元の店舗では、どんな歌詞が歌われているか、今度行ったときにぜひ耳を澄ませてみてくださいね。
2. ルーツをたどると繋がる「ジョン・ブラウンの亡骸」という曲
アメリカで「リパブリック讃歌」が有名になる前、南北戦争の兵士たちの間で歌われていたのが「John Brown's Body(ジョン・ブラウンの亡骸)」という歌です。
この曲は、奴隷解放運動の先駆者であるジョン・ブラウンさんを讃えるために歌われ、兵士たちの士気を高めるための行進曲として親しまれました。
実は、日本の「ごんべさんの赤ちゃん」は、この「John Brown's Body」のメロディをベースにした替え歌だと言われています。
歴史の荒波の中で歌い継がれてきた力強い歌が、日本では可愛らしい子供の歌になり、さらには「新宿西口駅の前〜♪」というお買い物ソングへと変化していった歴史は、本当に興味深いですよね。
3. 公式発信による「作詞:藤沢昭和、曲:リパブリック讃歌」という整理
インターネット上では、時折「ヨドバシカメラの歌の作曲者は誰なのだろう?」という疑問の声が上がることがあります。
しかし、公式の説明によって、「作詞:藤沢昭和、曲:リパブリック讃歌」という関係がすっきりと整理されています。
直接の元ネタである「リパブリック讃歌」は伝統的な民謡であるため、特定の個人による作曲というよりは、歴史の中で育まれてきた共有のメロディなんですね。
そこに藤沢昭和さんが素晴らしい日本語の歌詞を載せたことで、唯一無二のヨドバシカメラさんのテーマソングが完成したのだと思うと、なんだか納得がいきますよね。
ヨドバシカメラさんの歌は歴史を越えて愛される名曲
今回は、ヨドバシカメラさんのテーマソングの元ネタについて、その奥深い歴史を一緒に見てきました。
最後に、これまでの内容を分かりやすく整理してみましょう。
- ヨドバシカメラさんの歌の直接の元ネタは、アメリカ民謡・愛国歌の「リパブリック讃歌」です。
- 日本で古くから親しまれている童謡「ごんべさんの赤ちゃん」とも同じメロディなんですね。
- 歌の歴史をさらに遡ると、古い賛美歌や「John Brown's Body」という行進曲にたどり着きます。
- 歌詞は、創業者の藤沢昭和さんが自ら作詞されたもので、新宿西口本店を皮切りに、全国のご当地版へと広がっていきました。
このように、ヨドバシカメラさんの歌には、19世紀のアメリカから現代の日本にいたるまでの、壮大な音楽の旅路がギュッと凝縮されていたんですね。
そう考えると、いつもの店内で流れるあの歌が、少し神聖で、より特別なものに聴こえてくるような気がしませんか?
次にヨドバシカメラさんの店舗へお買い物に行くときは、ぜひその美しい旋律に耳を傾けてみてください。
きっと、これまでとは違った新鮮な気持ちで、お買い物を楽しむことができるはずですよ。
お友達やご家族と一緒に、この面白い音楽の歴史について、ぜひお話ししてみてくださいね。